柿田川公園の湧き水が綺麗でした。

柿田川公園の湧き水が綺麗でした。

今日は、静岡県三島市の佐野美術館に、美人画の展覧会に行ってきました。

光ミュージアム所蔵 美を競う 肉筆浮世絵の世界

佐野美術館(Google での投稿):
https://posts.gle/e2pp3

佐野美術館に行くのは初めてでした。

日本画だけを展示している展覧会に来るのも、子供のとき以来です。

美しいものに触れるのは、自分にとって、きっと意味があるのだろうなぁと思いながら、楽しみました。

お昼ご飯は

近くの柿田川公園で作って行ったお弁当を食べました。

柿田川公園の湧き水が美しくて、感動しました。

自然の美しさを感じて、いい時間を過ごしました。

楽しかったなぁ^ – ^

via PressSync

私の行動は私が選んでいるのではなくて最初から決まっているのだということがわかりました。

私の行動は私が選んでいるのではなくて最初から決まっているのだということがわかりました。

自分の行動は自分で選んでいると思いがちですが、もうすでにいろいろなものの誘惑を受けながら、選ばれているというか、もう決められているんだなぁと諦めること必要だと思いました。

とは言え、その仕組みを知っていることであーこれはこの原理が使われているんだなぁとか思うことができます。

私の場合は、何かいいと思ったものをとても信じやすい傾向があります。

信じるとずっとそこに愛着を持って離しません。

これは私が選んで愛着を持っていたのかと思ったけれど、そうではなく、最初からそのように仕向けられていたんだなと分かります。

どんな仕組みがあったのかちょっと見ていくのも面白いかもしれないと思いました。

今日もありがとうございました。
via PressSync

2つの問題を切り分けてみる

2つの問題を切り分けてみる

私には2つの問題がありました。

1つは
私的な趣味の世界の問題。
もう1つは、
趣味ではない中での問題。

2つの場所でそれぞれ問題を抱えていました。

自分の中ではこの2つは絡まっていて、自分の中の問題をややこしくしていました。

でも考えてみれば答えは単純で、問題が2つあったと言うことなのです。

ややこしくもないし、難しくもなかったのです。

最近はあまり文字情報に振り回されずに生きてきました。
あまり操作もできなかったし中身もそれほど見られないような状況でした。

今週くらいから、また急に文字情報が加わったことで、自分の中での驚きがありました。

批判的な言葉に対して、今まではそれをありがたい言葉だと思って受けていました。

でもその批判的な言葉と言うのは、どんな目的で誰が言ったかが私の場合はとても重要です。

批判的な言葉を受ければ受けるほど元気が出ていた私ですが、それではおかしい方向に向かってしまいます。

自分らしく生きると言うよりも、いちいち反発して生きてきたと言うことになりますからね。

だから信頼できる言葉に耳を傾けていきながら過ごしていかなくてはいけません。

でも人には良い時だって悪い時だってあります。空気が人一倍読めないけれども敏感な私は、その辺はまぁ難しいだろうなぁと思います。
これはこの先もずっとね。

だから時々は騙されることもあるけど、とりあえず特に信頼できる人はいつも信じて、信頼できない人の言葉にも耳を傾けて、あまりにもひどいときにはスルーして生きていかなくてはいけないのだと思います。

それから、最近は、2つの力で役割が違っていたので後半のフォローは私はとても苦手とするところだったのでその辺で力が不足していたと言うことが自分ではわかっていませんでした。

なんとなく俯瞰してみたら、なんだそんなことだったのかと客観的に見られるようになりました。

ちょっとものごとを冷静に見ていきたいと思いました

via PressSync

命の時間をどのように使っていくかを考えていきたいです。

命の時間をどのように使っていくかを考えていきたいです。

私は、時間の使い方を、もっと真剣に考えていかなくてはいけないと思います。

実際の体重はそんなに変わらなかったけれど、どうやら何らかのトレーニングが必要で、太ってしまったようです。

自分の行動が周りに及ぼす影響と言うのを考えていかないと、自分だけでなく周りの方々にも大きく負担をかけてしまいます。

起き上がる時間も相当かかってしまっていて、この時間でさえも非常にもったいないと思います。

自分の命の時間の使い方を見直していかないと。

より良い行動に変えていく方法を考えていきます。

今日もありがとうございました。

via PressSync

【ブックレビュー】 恐山-死者のいる場所 南 直哉

【ブックレビュー】
恐山-死者のいる場所
南 直哉

恐山は、青森県の下北半島にある霊場で、福井県の永平寺と同じ曹洞宗のお寺です。

恐山には、いたこさんと、いたこさんに会いたい方が集まってきます。
恐山に来た人は、いたこさんに何をしてもらうのかと言うと、亡くなった方と再び会話をするためにやって来るのだそうです。

亡くなった人と本当に会話をすることができるのかと言うと、いろんなエピソードがいくつも書かれていて、私は本当にできるのだろうなぁと感じました。

曹洞宗では死後の世界を「ある」とも「ない」とも言えないと言う教えがあるそうです。

でも、恐山の場合は曹洞宗のルールに則っているだけでは言い表せないいろいろな出来事が起こります。

曹洞宗のルールが恐山を作っているのではなく、生きている人たちがいたこさんや恐山が必要でやってくる場所なのだそうです。

死者と会話をしたいのは今生きている人であり、今生きている人の心の中に満たされないものがあって、それを塞ぐために死者と会う必要があり、いたこさんの力を借りるわけです。

恐山にはその他にも多くの悩みを抱えた人がやってきます。

その悩みを抱えている人は、「何もしなくてもありのままのあなたでいいよ」と言うメッセージを子供時代にもらえなかった方々だったりします。

何か自分が貢献しなくてはいてはいけないと言うような取引で生きているような子供時代を過ごしている人は、ある時何らかの形でそれが病気となって生きづらさとして現れます。

他にも、DVを受けていたり暴力的な家庭の中で育ってしまって、本来の子供時代を過ごせなかった子とかにも、問題が起きて恐山にやってきます。

私がこの本を読んで、南直哉さんの柔らかい感性に興味を持ちました。

永平寺で20年修行した経歴や、宗派をとらわれない考え方や、これからの仏教のあり方お葬式のあり方、お墓のあり方などを考えて、新しい時代に即した死のあり方を考えていらっしゃるところです。

時代の流れとともに、お墓やお寺のあり方も変わっていきます。
リアルのつながりから、SNSやインターネットを介した広いつながりに私たちの世界が変わってきて、死やお墓、仏教のあり方もだんだん変わっていくことをお坊さん自身がしっかりと考えていらっしゃることを感じました。

南さん自身に不安があることで、人の悩みに寄り添うことができて、曹洞宗のルールにとらわれず、相手に寄り添いながら、訪れてきた人の不安を聞いていくお坊さんなのです。
…そのあり方が、なんとも等身大でいいなぁと思いました。

南さんが修行僧時代に「死んだら人はどこへ行くのか」と言う質問を、当時仕えていたお坊さんから聞かれたそうです。

その時に言われたのは、
「人は死んだら自分が愛したところにいくのだ」
と言う言葉だったそうです。

この言葉を読んで、私はやはりgiveの精神で毎日を過ごして、周りの人を大切にしていきたいなーと思ったのでした。

以上、ブックレビューでした!

via PressSync

私の問題は最上志向にあったのだな。

私の問題は最上志向にあったのだな。

最近は人のこともざっくりと見るようになりました。

以前は、細かく見たり強みだけを見たりいろいろでした。
人をずっと見ていました。

出会いや別れもたくさん経験しました。

忘れるプロセスをたくさん出てきたので、忘れることにも慣れてきました。

だから私のことを心配している周りの人がいたら、心配しなくて大丈夫です。

リアルではなく、多くはインターネットでのつながりなのですが、それでも私にとってはとても強い絆を感じました。

そして、仕組みも今より理解できていなかったのと、今でも何が起きているのかわからないことが多々あるので、周りの人にはいろいろ失礼をしているのだと思います。
さらに、最近は以前にも増して私の知らない人が私のことを知っているような気持ちになります。いろいろ起きているのかもしれないと感じます。

私の問題は最上志向で、これがあるおかげで人とのゆるいつながりがなかなか築けなかったのだと思います。

人との関係において、感覚が敏感なんですよね、きっと。

自分が置かれている場所が、とても非効率な立ち位置だったりするので、周りの人にはあれこれ迷惑をかけているのだろうなぁと思うことがあります。

非効率でありながら、またここに自分が立っているということにも、何かの意味があるのかなぁと思うのです。

周りの人、一人ひとりに親切にしながら、最上志向を何か人の役に立つ形で使えて行けたらなぁと思います。

自分が最上志向だからと言って、人が最上なものを望んでいない場合だってたくさんあるかと思います。

そして、最上を選びたいばかりに、たくさんの人との出会いのきっかけを失っていると言うことも、肝に銘じておかなければなりません。

すべての人に良いところや悪いところグレーなところ、いろいろなところがあるのです。

そんなありのままを、私自身も受け入れていきたいし、人のありのままも受け入れていきたいと思います。

最上志向は、本当に必要な役に立つ場所だけで使えたらいいな。

自分のあり方を、見直していきたいと感じました。

今日もありがとうございました。

via PressSync

普段からgiveの5乗で過ごすことが問題解決にとって大切なんだ。

普段からgiveの5乗で過ごすことが問題解決にとって大切なんだ。

自分の強みを知っていると、何が良いのかと言うと得意なことで人の役に立てることだと思います。

普段からgiveの5乗で過ごしていると、信頼残高が増えていきます。

与えている人は、信頼も一緒に得ています。

この人は信頼できる人だと言うことが、しっかりと周りの人にも伝わります。

しかし、与える人は、常に与えているので、同じように与える人とつながらないと、疲弊してしまうことがあります。

だから私には、与える人の周りには、同じように与える人がいると、しっくりくるように見えます。

与える人の輪ができることで、さらに幸せが広がっていくことを感じます。

私も、与えることを習慣にしながら、giveの5乗で生きていきたいなーと思います。

今日もありがとうございました^ – ^
via PressSync

この10年で学んできたことを振り返ってみる。

この10年で学んできたことを振り返ってみる。

ちょっとこの頃、コントロールについてあれこれまた考え始めました。

今の自分の立ち位置を振り返ってみようと思います。

そもそも、私が学んできた選択理論心理学は、資格を取るためにカウンセリングの勉強をする必要がありました。

このカウンセリングと言うのは、その時の自分のあり方そのものを表すようなものです。

大切なのは自分をコントロールすること(自律)
なので、人をコントロールすることを目的とはしていないです。

人を変えないでどうするかと言うと、自分の行動を変えて人との関係性を整えていくのです。

自分が相手の上質世界に入るように頑張るわけなのです。
でも、人の上質世界に入れてもらうなんて事は簡単ではないので、無理なく楽しく行っていったらいいんじゃないかなと思っています。

人をコントロールすることを、外的コントロールといいます。私はこの外的コントロールが強くて、カウンセリングの練習をしている時もコントロールに走っていました。

そうは言っても、何回も練習していると、そのうちにカウンセリングのスキルが身についてきます。ある程度型があるので、その形通りに行っていけば大抵うまくいきます。

基礎、中級、上級、
さらに
選択理論心理士
という段階で、少しずつ自分の心が整っていきます。

完全にはなくなりませんが、コントロールは少なくなりました。
選択理論心理士の資格を取ってから、これを実践に生かすためにカウンセラーになりました。

ちょうどカウンセラーの仕事があったので、楽しくて楽しくて仕方がないカウンセリングの勉強を仕事にしました。

楽しかった勉強とは違い、実際のカウンセリングは楽しい口調では絶対にうまくいかないし、なかなか勉強の場だけでは得られない事を学ぶ日々でした。

私の元気を2割程度にして、気だるい口調で話すのがちょうど良いというのが実際のカウンセリングでした。

残念なことに、私が大切にしていた家族関係や夫婦の関係は、その時私の心の健康度がぐっと落ちていたので、関係性も離れていきました。

カウンセリングを続けていれば続けているほど、夫婦関係が悪くなると言うのは本末転倒で、子育てにおいても、私が笑顔で子育てできないのはやっぱり良くなかったと思い、足を洗いました。

後から知ったのですが、世の中のカウンセリングは外的コントロールで行っているものが多いように思います。

それほど、私たちは身近に外的コントロールを使ったり行ったりしているわけです。

まぁでも、選択理論を学ぶことで、実際に内的コントロールを学んでいて、心地の良い関係性と言うのはコントロールがないものなんだなぁと言うことを体感しました。

だから、私の学びのプロセスはとても大切なものを得た時間だったと思います。

カウンセラーになって気がついたのですが、私は人の成長を促すことが得意で、元気な人がより元気になるような方向の話が好きだと言う事を知りました。

そんなわけで、成長促進を持っている私はコーチングの方が合っているのではないかと思い、元気な人の目標達成を応援したいと思うようになりました。

異業種交流会に入って、お仕事をいただいたりもしました。

それでも、やっぱり入ってくるお金よりも出て行くお金の方が多かったので、こちらも足を洗って、家族の時間も大事にできて適度に働けるようなお仕事をすることにしました。

引っ越しもして、通勤通学の時間を、家賃というお金で買うことにしました。

考えてみると、今が1番家族との時間がとれて、夫婦共にのんびりできているのかなぁと言う気がします。

本来、競争は好きではないので、これからは、コントロールはスルーして、のんびり戦わずに暮らしていけたらいいなぁと思います。

将来は、自分の強みを使って、世の中に貢献して役に立てて行けるようになりたいです。

この間、職場で得た学びの中に、組織としても多様性を大切にするといったことが書かれていて、何だか未来が楽しみになりました。

今は、私も少しずつ所属感を味わい、組織を理解するところから、コツコツ積み重ねていく時なのだなぁと思います。

どういうわけか、何が起きても、どんな状況でも、私の成功までの道のりを、いつも見守ってサポートしてもらっています。

心から感謝しています。

私も、諦めずに進んでいこうと思います。

今日もありがとうございました。

via PressSync

自分を振り返って、気持ちを入れ替えていこうと思いました。

自分を振り返って、気持ちを入れ替えていこうと思いました。

自分の行動を振り返ってみると、「これはいけなかったな」と思うことがありました。

ですから、自分の失敗を受け入れていくことにします。

そして、気持ちを入れ替えて、また進んでいきたいです。

まだまだな自分に気づけたことに感謝だな。

ありがとうございました。

via PressSync