弱い人の痛みを考えるということ。

弱い人の痛みを考えるということ。


自分が知らないことは分からないから、弱い人のことが理解しきれていないのではないかという気がしています。

わたし自身は、繊細なところがあるので、言葉で傷つくことを自分でも感じています。

弱さは誰にでもあるから、何かのはけ口に、傷つく言葉を使ってしまったりするのかもしれないし、

思いどおりにいかないと嘆きたくなる時も、意地悪をしてしまうかもしれません。

それから、人は弱いから、やっぱり強いものが弱いものを支配したくなってしまって、自分が有利な場面では、強い言葉で自分の力を確かめてしまうかもしれません。

人に優しくされてあたたかさを感じる経験が少なかったりすると、人にも同じようにしてしまうかもしれません。

差別は、色んな人に色んな形で起きていて、自分に知識がない分野では、その差別に気がつかないことがあります。

自分にできることは何かなぁと思うのだけど、自分自身の行動をコントロールすることなのではないかとおもいます。

強いものが弱いものを支配していくのは、上から下へ下からさらに下へと起きていきます。

心に余裕がないと、そのコントロールの渦の中にいつの間にか自分が入っていってしまうのです。

逆に、自分に余裕があったり、人に親切にされたときには、親切をその次の人へと分けてあげることができます。

支配のループは、次から次へと伝染していきます。

でも、幸せのループも、人から人へと伝わっていくものです。

自分の影響の輪が及ぶことでしか、出来ることがないのだけど、まずは自分が幸せであり、そこから幸せが広がっていくように、あり方を整えていきたいとおもいました。

人の痛みを感じられる自分でありたいし、痛みを感じられるひとが増えてくれるといいなぁ。

今日もありがとうございました^ – ^via PressSync